Ancillae Sacratissimi Cordis Iesu

歴史

聖心侍女修道会の創立

 聖心侍女修道会の創立者、聖ラファエラ・マリアは1850年3月1日、南スペインのコルドバに近いペドロ・アバドの大地主、ポラス家の10番目の女の子として生まれました。父のイルデフォンソは長年村長を務めた、この地方の有力者だったが、貧しい人のために尽くしました。
25歳の時、姉のドロレスと共に聖心侍女修道会を設立。ラファエラは、16年間にわたり院長・総長として生まれたばかりの修道会を育て、その精神を形づくり、土台を固めた。やがて彼女はその職務を退くとただの一修道女として、人目につかない修道院の中で、隠れた生活のうちに晩年の32年間を過ごしました。
1925年1月6日帰天。75年の生涯を閉じました。1977年1月23日 サン・ピエトロ大聖堂においてローマ教皇パウロ6世によって列聖されました。
「心が愛で美しくなればなるほど、一層、神の喜びとなる」、「わたしたちの心は特定の人にのみ開かれているといったものであってはならない」、「すべての人が幸せになるように働くこと、それが本当の愛」など、神と人への愛に燃え立つ言葉を数々残しています。彼女の生涯は深い愛と真実に貫かれた謙遜の鑑でありました。

「いしずえ」

日本における歴史

 ラファエラがローマの修道院でその生涯を終えてから9年が過ぎた1934年10月、エルネスティナ・ラマリョほか3名の聖心侍女修道会の修道女がマルセイユより来日しました。急速に戦争へと傾斜し始めた困難な時代の中で、豊かな人間教育に取り組む情熱に燃え、1935年4月、東京麻布三河台にある旧志賀直哉邸に、前身となる清泉寮学院を創立しました。 1944年、太平洋戦争勃発のために休校を余儀なくされ、東京大空襲で校舎は焼失しました。
1946年、修道女たちの疎開先であった長野に、長野清泉女学院が開校されました。1946年11月、横須賀にあるアメリカ海軍基地の司令長官の要請により、米軍が接収した旧日本海軍工機学校の建物を利用して、アメリカ人子弟のためのインターナショナル・スクールを開校しました。翌1947年には中学高等学校が開校されました。まず中学校が小学校と同時に開かれ、1948年には高等学校が開かれました。その後1950年には新制大学が同じ横須賀に設立されました。
1962年、大学は東京都品川区の島津山(旧島津公爵邸)に移転、1963年中学高等学校は、鎌倉市城廻の現在地に移転し、鎌倉市雪の下の鎌倉幕府跡にあった中学校も同時に移転して一つとなり、現在に至っています。また、小学校は鎌倉市雪の下の小学校と合併しました。
清泉女学院は現在(2009年) 日本国内に8校(鎌倉にある小学校、中学校、高等学校、東京にある大学とインターナショナル・スクール、長野に大学、短期大学、高等学校)からなり、ヨーロッパ、アフリカ、アメリカ中南米諸国、並びにインド、フィリピンなどに63校の姉妹校を持ち、同じ建学の精神のもとに教育活動を行っています。

1934年11月9日 4人の聖心侍女 横浜港に着く
1938年 清泉寮学院開校
1946年 清泉インターナショナルスクール開設
1947年 清泉女学院小学校・清泉女学院(横須賀・長野)開校
1950年 清泉女子大学開学
1981年4月 清泉女学院短期大学
2003年4月 清泉女学院大学

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東京人 tokyo jin
神のみ前に 清く、正しく、愛深く
清泉教育のあゆみ

 

泉は枯れず
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