Ancillae Sacratissimi Cordis Iesu

JPIC文書「大神殿にいるようにこの世界に生きる」 ローマ 2018年2月


ローマ 2018年2月14日

 

全会員の皆様

 

  親愛なる皆様、2018年2月2日から10日までローマで開催されたJPICの集会を終えるにあたって、大きな喜びをもって、第20回総会から総長へ依頼された「正義と平和および創造の保全」にお応えしたいと思います。

 

    「回勅『ラウダート・シ』を本会のカリスマの光に照らして内省し、“エコロジカルな回心”のプロセスに会員を巻き込むために、適当と思われる仕方で、指針を提示してください。」

 

  総長への依頼事項は、ご承知のように、“エコロジカルな回心”のプロセスをわたしたちのカリスマに照らして内省し、これをエコロジカルな霊性に翻案して、わたしたちが創造の破壊を止めることに協力し、大地のあらゆる富に対してすべての人がもつ権利を擁護し、傷ついた大地と貧しくされた人々の間に緊密な連関があるという確信を深められるようにすることを求めています。

 

  この集会のダイナミズムは「ラウダート・シ」とわたしたちのカリスマとの対話を目指し、準備の仕事をSr.Amparo Salanova(心の教育学)、Sr.Camila Basombrío(ユーカリスティアSr.Rita Cortez償いー和解そしてイグナチオの霊性からラウダート・シとわたしたちのカリスマの対話ができるようにFr.Patxi Alvarez S.J.に提言をお願いしました。これらの枠組みの中からわたしたちは、統合的エコロジカルな回心のプロセスにはいるために役立つと思われるガイドラインの内容を選択しました。

 

  今日、この集会の実りとして、皆様に作業を提示いたします。最初に文書「大神殿にいるように、この世界に生きる」があり、それはわたしたちのカリスマの光に照らして、回勅『ラウダート・シ』を内省するためのガイドラインです。次に二つの付録があり、それは各共同体と各管轄区がそれぞれの現実に従って適用できるための手段となる一覧表と、各管轄区のJPICの責任者の使命と職務についての叙述です。

 

  回心は、何か小さなこと、一つの言葉、仕草、振る舞い、行動、眼差し、思い・・・などから始まります。しかし、もし神にわたしたちの場を空けるならば、神はわたしたちの在り方、この世界における生き方を変容してくださるでしょう。

 

  皆様が毎日、個人として、共同体として、社会的にマジスの精神を保ちつつ、わたしたちが踏み出すことのできる次の歩みは何かを識別するようにお勧めします。この可能な歩みが包含性のあるものであり、常に道の傍らにありながら考慮していなかったことに、わたしたちが歩みを進める中で出会い包含して、新たな命が芽生えていくものでありますように。[1]

 

  四旬節の典礼が始まったこのとき、命を受け入れることを知ったわたしたちの母マリアとこの世界をあたかも大神殿であるように感じていらした聖ラファエラ・マリアが、他者と共に歩む統合的エコロジカルな回心の道を同伴してくださるよう願いましょう。

 

          H.General Rosario Fernández Villarán aci

 

JPIC 文書

「大神殿にいるように、この世界に生きる」

 

大地は恵みの記憶[2]と傷の記憶を持っています。恵みはわたしたちに感謝と見返りを求めない無償の心[3]を起こさせます。傷は[4]わたしたちを回心へ招きますが、最も弱い立場の人々が生活手段[5]を得るための道を拓き、地上の富[6]を分かち合うことを妨げている傷の深い所をわたしたちは分かっていません。

 

あらゆるものはつながっています[7]。わたしたちは万物のすばらしい交わりである宇宙[8]の中で、他のものと共に育まれています。貧しい人々と地球[9]の脆弱さとの間には緊密な関係があります。

 

生態学的危機[10]の深刻さはわたしたちに回心を促し、すべての人が共通善を考え、対話[11]の道を進み、「スピード」[12]や効率性[13]に流されないようにしなければなりません。

 

統合的エコロジーに生きることは、被造界との落ち着いた調和[14]を回復するために、またわたしたちの生活スタイルと理想について内省し、そして、わたしたちの間とわたしたちの周りに居て下さる創造主を観想するためには時間をかけることが必要です。創造主の現存は「作られるものではなく、覆いが取り除かれて明らかにされるもの」[15]です。

 

貧しい人々、傷ついた大地をご自分と一体化された貧しく、謙虚なイエスと「大神殿にいるように、この世に生きた」ラファエラ・マリアの経験は、わたしたちをこの回心へと動かします[16]。ラウダート・シとわたしたちのカリスマとの対話が、統合的エコロジカルな回心[17]のプロセスにできる限りの助けをもたらすように、またわたしたちがイエスに従いラファエラ・マリアの経験を再度自分のものとする助けとなりますように願います。

 

わたしたちがともに暮らす家に対する憂慮を分かち合うすべての人々と心を一つにして、「わたしたちの時代が生命の新たな尊厳に目覚め、地球の持続可能性を実現する確たる決意をし、正義と平和を確立するさらなる努力がなされ、命の喜びに満ちた祝祭の時代として想起されるように力を結集しましょう。」[18]

 

 

確信

カリスマは土壌、肥沃な土地であり、この世界に生き、存在するためのも

う一つの方法である。

  • ユーカリスティアは、分かち合う食卓であり、そこでわたしたちは「大地と人間の労働の実り」を捧げ、この世のいのちと苦しみと喜びとを結びあわせます。この食卓はイエスがパンを(いのちの糧であるご自身に)変容させたように、現実を変容させるためにわたしたちを変容し、ユーカリスティア的女性として世に派遣します。
  • 償いと和解のカリスマは、自分および他者、そして神と自然界との関係を壊し、分裂させる大きな原因である色々な暴力に対してこれと闘うように導きます。

 

  • こころの教育学は、言い換えれば、愛の教育学です。この教育はわたしたちが人間として、また兄弟姉妹として成熟していくために与えられた大地を、神のみこころから見るように導きます。共通善を大切にし、堅固な心を形成する価値と徳の教育をもって、「貧しい人々と大地はもはや待てない」[19]との世界の叫びに応えるようわたしたちを強く促します。

 

  • イグナチオの霊性は、「マジス」のダイナミズムにより、わたしたちの望みと選びを識別し、自由と見返りを求めない無償の心に向かって成熟し、現実を憐れみと希望をもってみつめ、敬意の態度をもって創造を喜び、最も傷ついている人々への愛を優先するように助けます。

  

指針

 

ユーカリスティア

  • 分かちあう「裂かれたパン」、ユーカリスティア[20]に強く促されて、わたしたちはこの世の苦しみを自分のものとし、出来る限りこれを和らげ、慰めるように自分自身を明け渡す[21]

 

  • 人間が相互に出会い、人間としての成熟と世界を変える協働の場として、労働と休息の価値と権利を促進するように、ユーカリスティアによって、わたしたちが促されることを望む[22]

 

  • ユーカリスティアを「生活の場における神殿」の中で、 社会的、使徒的次元の只中で、正義[23]と平和、および人間開発[24]に邁進して、祝い、礼拝したい。

 

  • 分かち合う食卓であるユーカリスティアにおいて、すべての人が自分の場を見出し、受け入れられ、自分の属する場となり、希望を生み出す関係をつくり、新しい普遍的な連帯[25]の中にわたしたちを巻き込んでいく[26]道を探したい。

 

償い

 

  • 和解[27]を求める叫びは緊急な事態であり、わたしたちは共同体的回心[28]のプロセスを推し進めたい。他者を創造界[29]の一部として認めない個人主義[30]を前にして、共同体回心のプロセスでは、最も弱い立場にいる人を常に受け入れるようにしなければならない。

 

  • わたしたちは簡素な生き方と節制を選ぶ必要がある。少ないもので喜ぶことを学び[31]、消費主義[32]とわたしたちに実存的な空虚感をもたらす[33]急激に進化するテクノロジー[34]を放棄することが必要である。

 

  • 共通善[35]に方向づけられた、償いのプロセス[36]を生み出すように望む。人間の使い捨て文化と排除を拒否しそこでは最も弱い立場にいる人が自分の場を得、人間としての価値[37]よりも効率、力、所有を上位に置いている使い捨て文化[38]と排除の精神を拒絶する。

 

  • コミュニケーション[39]、協力、つながりがない分裂・分断化した現実[40]を前にして、わたしたちは関係性を癒し、対話[41]の道を探し、「世界は父である神の愛のこもった贈り物であること」[42]を認められるように働きたい。

 

  • わたしたちは、これまでとは別の形の余暇を、個人的にも共同体的にも広げてゆきたい。その余暇とは、自然界の調和[43]とリズム[44]を味わい喜ぶためであり、無関心[45]と、共同体や家庭[46]や社会[47]の中にある耐えがたく速いリズムとは対照的な暮らし方である。

 

こころの教育学

 

  • わたしたちは、神のみこころ[48]に従って心の教育を行い、それによって関係を構築するわたしたちの方法と、この世界に兄弟姉妹[49]として生きる生き方を明示し、わたしたちが受けた慈しみに満ちた愛[50]の信頼される証となるように。

 

  • わたしたちは、「エコロジカルな福音宣教」[51]に関わり、心から心への教育を行い、各人の尊厳と独自性を尊び、神が一人ひとりのうちに置かれた唯一無二の宝を認める[52]

 

  • わたしたちは、心の眼差しがすべての創造されたものに開かれ、神の現存[53]を小さなもの、壊れやすいもの、弱いもの、引き裂かれたものの中に見出すように教育し、「ケアの文化」[54]を理解して促進する。

 

  • わたしたちは、変革の使者となりたい[55]。 わたしたちの生活スタイルに疑問を投げかけ、質素[56]と連帯としての厳しさを教育したい。恥じらいながら自然界[57]への配慮の責任とコミット不足を認める。 

 

  • わたしたちが生きている社会的・環境的危機の複雑性[58]を意識し、批判的精神[59]で教育を行い、「エコロジカルな識字教育」[60]を通して自分たち自身を義務付け、変革のプロセスに協力する。

 

 

イグナチオの霊性

 

  • 思いやりの深い愛[61]をもって現実を観想し、わたしたちが生きてい世界に見られる美[62]と弱さに配慮しつつ感謝をささげ、否定的で、希望のない[63]見方のすべてを捨て、すべてにおいて現存し働かれる神を讃えることを望む。

 

 ・「わたしたち自身、罪深い人類の一員であることを感じ」[64]、生命を破壊することに加担している[65]ことを認め、より豊かな命を選び望むよう[66]に、日々の究明[67]の実践を堅固に行う。

 

  • わたしたちは、十字架の苦しみ[68]のうちにあっても、常に希望[69]があり、必ず出口が見つかり、たとえ、しばし[70]、方向[71]を見失っても、償いの道[72]を拓いていきたいと願う。

 

  • 権力[73]と力への誘惑を目前にしながらも、周辺に追いやられている人々が統合的エコロジー[74]に寄与していること[75]をわたしたちは評価し、かれらと共に、一歩一歩、新しい社会[76]を建設したい。

 

結論 

  「被造物はそれぞれ神の何かあるものを反映し、わたしたちに教えるメッセージを持っている」[77]

ここに提示した確信と指針は、わたしたちがエコロジカルな統合的回心のプロセスを方向づけることを意図しています。何かを‘行う’という行為よりも、‘ある’という存在の在り方が重要です。それは新たな愛し方を想定し、わたしが望むことよりも世界が必要とすること[78]へと視点を変え、できる限りを尽くして、被造界の破壊を止め、すべての人が大地の共通善[79]への権利を享受するために闘うよう協力することをわたしたちに義務づけます。

 

   「わたしたちは皆、神の道具として、被造界を世話するために、おのおの自身の文化や経験、自発性や才能に応じた協力ができるのです」[80]

わたしたちを愛する命の主は、わたしたちを見捨てることも、孤独に見放すこともありません。なぜなら、主はわたしたちの大地と決定的に結ばれているからです。

主の愛は、すべての造られたもの[81]と兄弟姉妹であることを感じさせる新たな道[82]を見つけるようにわたしたちを導いておられます。

 

 

[1] JPIC集会、ローマ2018年2月、総長Rosario Fernández’Villarán による閉会の言葉から

[2] Cf. LS 220

[3] Cf. LS 220

[4] Cf. LS 2

[5] Cf. LS 196

[6] Cf. LS 158

[7] Cf. LS 16

[8] Cf. LS 220

[9] LS 16

[10] Cf. LS 101, 118, 209

[11] Cf. LS 201

[12] Cf. LS 18

[13] Cf. LS 159, 215

[14] Cf. LS 133

[15] Cf. LS 225

[16] Cf. LS 217

[17] Cf. LS 第4章

[18] LS 207

[19] 第19回総会教令 1

[20] Cf. LS 236

[21] Cf. LS 14, 19

[22] Cf. LS 124, 126, 129, 237

[23] Cf. LS 10, 53, 70, 82, 92,159, 200

[24] Cf. LS 137

[25] Cf. LS 162, 172, 240

[26] Cf. LS 14, 47

[27] Cf. LS 218

[28] Cf. LS 219

[29] Cf. LS 196 (創造界)

[30] Cf. LS 119, 219 (個人主義)

[31] Cf. LS 126, 222, 223

[32] Cf. LS 203, 219

[33] Cf. LS 34, 102, 104, 106(テクノロジー)

[34] Cf. LS 113, 122, 204(空虚感)

[35] Cf. LS 156, 157, 158, 231(共通善)

[36] Cf. LS 144, 173, 197(償い)

[37] Cf. LS 204 (人間の価値)

[38] Cf. LS 16, 22, 43, 123 (使い捨て文化)

[39] Cf. LS 47 (コミュニケーション)

[40] Cf. LS 46(分裂)

[41] LS 第5章

[42] Cf. LS 220

[43] Cf. LS 10, 66, 84, 98, 149

[44] Cf. LS 18, 71, 190

[45] Cf. LS 52, 92

[46] Cf. LS 142, 162

[47] Cf. LS 223

[48] Cf. LS 2, 91, 22

[49] Cf. LS 92

[50] Cf. LS 65

[51] Cf. LS 64

[52] Cf. LS 90

[53] Cf. LS 87

[54] Cf. LS 91, 231

[55] Cf. LS 218

[56] Cf. LS 204, 209

[57] Cf. LS 92, 224

[58] Cf. LS 63, 101, 119, 209

[59] Cf. LS 199(141の注),210

[60] JPIC (Rome 2018)の講演、Patxi AlvarezSJの指摘。人間と環境的現象の機能と歴史に関する知識の必要性を語る。

[61] Cf. LS 65, 77, 79, 83, 84, 92, 225, 231, 238

[62] Cf. LS 235, 238

[63] Cf. LS 71, 74, 85, 244

[64] 会憲 2

[65] Cf. LS 8

[66] 霊操 97番

[67] Cf. LS 66

[68] Cf. LS 99, 100(十字架の苦しみ)

[69] Cf. LS 71, 74, 85, 244(希望)

[70] Cf. LS 229, 245(一時的)

[71] Cf. LS 53, 202(方向)

[72] Cf. LS 229, 245(償い)

[73] Cf. LS 16, 26, 53, 57, 75, 78, 82, 104, 105, 108, 130, 131, 136, 175, 178, 196, 197, 198, 203, 206(権力の誘惑)

[74] Cf. LS 10, 11, 62, 137, 225, 230

[75] Cf. LS 183

[76] Cf. LS 146, 148, 211

[77] Cf. LS 221

[78] JPIC ローマでの集会の閉会挨拶。総長Rosario Fernández Villarán

[79] 第20回修道会総会における総長への依頼事項

[80] LS 14

[81] LS 245

[82] Cf. LS 221

Scroll Up