Ancillae Sacratissimi Cordis Iesu

霊性

I. 奉献と誓願(会憲より)

聖体礼拝1

キリスト者として洗礼により、私たちはキリストの姿を世に現すものであり、神の国をのべ伝えるために派遣されているが、さらに、与えられた召命の恵みにより、絶対的で撤回しえない方法でキリストに従い、共同体として貞潔・清貧・従順に生き、福音に生きるよう駆り立てられている。(会憲17)

償いの使命は私たちの奉献生活の中心にあり、キリストと一つになることを求め、主のそば近くに従う。(18)
エウカリスティアの祭儀の中で公式に宣立される誓願は、私たちを特別な方法で教会に組み入れる。(19)

貞潔

貞潔は私たちの心を自由にし、すべてをあげて神と兄弟姉妹を愛させる。貞潔は、主のそば近くにいて従うように招かれるキリストに、分かたれない愛をもって応える力を与える。(20)

この誓願に伴う放棄と、すべての人を愛し、彼らに仕えるために自由になる喜びのうちに、日々、過ぎ越しの秘儀に組み入れられる。(21)

神の賜物に対する自由な応えとして私たちが生きる貞潔は、私たちを未来の代のしるしとさせる。報いを求めない普遍的愛によって、私たちの生活は父の慈しみの表れと

清貧

自分を空しくするまでに人々を愛されたキリストの愛に参与する貧しさのうちに、私たちはすべてを捨て、自由に、主に従うことを望む。(23)

自分自身の持ち物を、共同体と、さらに共同体を通してすべての兄弟姉妹と分かち合うことにより、私たち自身が共同体にとって一つの賜物となるように促される。清貧は、あらゆる所有・権力・名誉欲から解放されることを助け、生活と言葉をもって、人間相互の親しい交わりが可能であることを示す。(24)

キリストは貧しい人々と同じ姿となり、神の国の到来のしるしとして、よきおとずれを告げられた。私たちは主のみ心の思いと一致し、貧しい人々の叫びに敏感になる。その叫びは次のことを促す。
-私たちの考え方、態度を絶えず改めるように。
-どんな形のものであっても、社会的不正に組すると思われることを避ける。
-正義と福音、教会の要請に従い、社会の悲惨な状況に目を開く。
-謙遜に兄弟としての心をもって貧しい人々の現実に近づき、福音を悟らせてもらう。
-「最も小さな者の一人にしたことは私にしたことである」と言われたキリストをどのような貧しさの中にも見出すように。(25)

従順

父から遣わされたキリストは、不従順によって堕落した世界を従順によって贖われた。わたしたちは意志を自由に神に委ねるとき、自分を空しくされた神の子の贖いの業に参与する。(30)

霊の恵みに動かされ、私たちは、信仰をもって、長上のうちに人間仲介の秘儀を認め受け入れる。それは、「従う相手がだれであるかを見ることなく、すべてにおいて自分が従っているのは、主キリストに他ならない、と見る」からである。(31)

従順は、姉妹とそれぞれの共同体を、修道会という「体」に結ぶ一致の要因であり、神の国への奉仕のために、長上によって派遣される様々な職務や場所において、その使命を果たすことを保証する。(33)

イグナチオの霊性によれば、従順は神のみ旨を共に探すことを前提とする。長上および姉妹の各自は、識別および、いかなる求めにも応じる心構えをもって、使命を果たすために、主の救済の望みを見出すように努める。(34)

神のみ旨を探し、命じられたことを果たすために、積極的で責任ある従順は、誠実な、互いに創意を交わす対話、ならびに知性と意志、自然と恩恵のあらゆる賜物を用いることを求める。
日常生活と委ねられた使命の具体的事柄において、神のみ旨を見出し果たしていくために、時によって、共同体としての識別を行うことは助けとなる。(35)

II.霊性の源泉と手段

聖体礼拝1

イグナチオの霊性

私たちの存在理由は、すべてにおいて、すべてのことのうちに神を賛美し、敬い、これに仕えることである。このことを現実のものとするために、透明な意向をもって絶え間なく神を探し求め、人間・出来事・歴史のうちに神を見出すことが必要である。(39)

貧しく、謙遜なキリストに従うことに集約されたイグナチオの霊性は、私たちをキリストのうちに、キリストと共に、キリストによって父に向かわせるため、キリストのうちにすべてを統合することである。(40)

キリストを内的に知ることによって、私たちは次第に、キリストに似たものとされていく。聖ラファエラ・マリアにとって、人となった神の子の体験は、エウカリスティアのうちに極みまでその身を渡されたキリストの愛の体験であった。それは人類と全宇宙との父との和解である。キリストのみ心に象徴される愛から教会は生まれ、その教会から本修道会が生まれた。(41)

聖ラファエラ・マリアは、この上なく寛大にキリストに応えた。イグナチオのマジスの道を歩み、イエスが愛し抱かれたものをできる限りの力で抱きしめたいとの望みを絶えず深めていった。(42)

エウカリスティア

キリスト・イエスに根差した私たちの生活は、エウカリスティアにおいて頂点に達する永続する典礼となるように呼ばれている。典礼は主キリストの祭を祝う共同体の喜びと希望を証する。(43)

過ぎ越しの記念であるエウカリスティアにおいて、私たちは、世を救うためにその身を渡された主イエスに日ごとに一致し、絶え間なく恵みを注がれる主に賛美と感謝の心をもって応える。(44)

聖体礼拝は、感謝の祭儀の延長である。教会共同体を代表して、私たちは主の救いの現存を、喜びをもって迎え入れ、神の国に関することを自分のものとし、すべての人のために祈る。
エウカリスティアのうちにキリストを観想することによって、この世のあらゆる現実の中に主の現存を見出し、わたしたちの生活を霊と真理における礼拝として、これに応えるものでなければならない。聖ラファエラ・マリアはこれを体験し、つぎのように述べている。「何をするにも、あたかも大神殿にいるかのごとくこの世にいる、ということを常に念頭に置き、私はその祭司として、不断の犠牲と絶え間ない賛美をささげ、常に神のより大きな栄光のために、すべてを行わなければならない。」(45)

霊性を深める手段

*典礼祭儀への準備と参加
*教会の祈り:朝晩
*祈りと識:一日の終わり
*霊操:誓願更新のため、年に2回の3日間の霊操、一年に一度の8日間の霊操
終生誓願前に1ヵ月の霊操
*霊的指導、霊的同伴
*霊的読書
*共同体での祈りの分かち合い

使徒活動の実践

*派遣された場で
*共同体で

Ⅲ. 本会の霊性と教育

 

 

 シスター・インマクラーダ深澤光代 (聖心侍女修道会総長)
2009年 長野にて

皆様、お久しぶりでございます。日本の各地からいらした清泉の先生がたに、今日、本 会の教育について分かち合うことができることを本当に嬉しく思っております。第一回の姉妹校交流会では、当時の総長シスター・リタ・パーリーが本会の教育について「愛から生まれ、愛のうちに実現され、愛を生きるように導く教育」ということで話されたことを覚えております。今日の私の講演のためには「過去・現在・未来の清泉の教育を問う」というテーマをいただきましたので、清泉の教育の歴史、その根本精神、大切にしたい点、未来に向かって世界の様々な地域でどのような試みが行われているか等についてお話したいと思います。

1.  ラファエラ・マリアと教育

清泉の設立母体である聖心侍女修道会は1877年にスペインの首都マドリッドで創立されました。そして、1878年に本会初の学校がマドリッドのクアトロ・カミノスという地域に開校されました。修道会創立の翌年に最初の学校が生まれたわけですから、これによって、聖ラファエラ・マリアがいかに教育を大切にしたか、教育なしに聖心侍女修道会の使命を果たすことが出来ないと考えていたことが良くわかります。ラファエラ・マリアは後にある司祭に本会について説明し、「私たちは教育を第二義的なものとは考えておりません」とはっきりと書いております。(1881年10月)
この点は非常に大切なことです。ラファエラ・マリアと姉のピラールは若い時から、修道者になって神に一生涯を捧げたいと願っていました。そして、トラピスト会、カルメル会、 クララ会のような折りを主とする観想修道会に入ることを考えていました。その二人が、当時のコルドバ教区(スペイン、アンダルシア地方)の教会関係者の「コルドバに子女のためのカトリック学校を創立して欲しい」という希望を神の望みと感じ、観想修道会の修道女になるという自分達の計画を変更して、カトリック教育に携わるため、様々な困難を経て本会を創立します。
教育に携わる、これは非常に意味のある決心でした。ラファエラ・マリアも姉のピラールも学校に行ったことはありません。しかし、二人の家庭は経済的に恵まれており教育にも関心を持っていたため、ラファエラ・マリアとピラールは家庭教師による教育を受け、当時の女性としては非常に高い教養を身につけていました。彼女達によって書かれた手紙を読むとこのことが分かります。いづれにしても、自分達の経験したことのない学校というものを始めたわけですから、本当に勇敢だったと思うと同時に、ここに神の特別な導きがあったことを疑うことは出来ません。

2. 清泉の教育の特徴−本会の教育についての最も古い文書よリ−

ラファエラ•マリアも姉のピラールも教育についての文書を残しておりません。本会の教育についての最も古い書き物は1885年マドレ・マルティレスによって書かれました。マドレ・マルティレスは10年以上にわたってラファエラ・マリアの秘書を務めたシスターで、本会の初期の歩みにっいて興味深い様々なことを書き残しました。
1885年と言いますと、本会の学校(外国では本会の学校は、普通、「聖心侍女の学校」 と呼ばれていますが、ここでは清泉と呼ぶことにしたします。そのほうが分かりやすいと思いますので)が始まってすでに8年たち、清泉はスペインに三校存在していました。1885年の文書は、本会として学校についてある程度の経験に基づいて書かれた最初の書き物として重要ですが、それだけでなく、この書き物の中には、清泉の教育の特徴が非常に明確に書かれているという点で、清泉の教育に携わる者にとっては非常に価値のある文書です。文書には、

清泉の教育は、
1. 超自然的目的を持つ
2. 堅固なものでなければならない
3. 謙虚に行われる
4. 報いを求めず、無償で与えられる教育である
と書かれています。この四つの点について少し説明致します。

2.1 清泉の教育は超自然的目的を持つ

この点は非常に重要です。だからこそ文書の初めに書かれているのでしよう。ここで強調されているのは、清泉の教育は単に知識を伝えることを目的としない、もっと高い目的を持っているということです。その高い目的、超自然的目的とは何なのでしようか。それは聖心侍女修道会の使命を果たすということです。
ラファエラ•マリアにとって明らかなことは、教育は、彼女が神からそして教会か ら受けた本会のカリスマ、つまり創立の精神.目的を実現させるための手段・具体的な表現、本会の特徴であるということでした。ラファエラ•マリアはただ単に普通の学校を始めることを望んだのではなく、神と神の愛、その良き訪れを伝えるために次々と学校を創立して行ったのです。ですから、私たちは、清泉の教育を「福音を伝える教育」と呼んでおります。
清泉の教育を、その設立の母体となった聖心侍女修道会の使命と切り離して考える ことは出来ません。清泉の場合のみではなく、全てミッションスクールと呼ばれる学校 (プロテスタントであってもカトリックであっても、)の教育をその修道会あるいは設立 母体の創立目的と離して考えることは不可能なのです。

2.1.1 聖心侍女修道会の使命

それでは、聖心侍女修道会の使命、創立の目的は何なのでしようか。本会の使命、創立の目的は「イエスの聖心への償い」ということです。お聞きになったことがあるでしようか。きっと皆様にとっては分かりにくいかもしれません。でも、今日はとても良い機会ですから、少し説明したいと思います。
初めに、「聖心」の「心」ですが、「心」は聖書の世界、教会の伝統において、 又人間の社会の中で、一般に、人間の中心、人の思い、感情、愛の宿るところと考 えられています。「イエスの聖心」というと、神の憐れみ・慈しみがもっとも明らかに現れるところ、そしてさらに、憐れみと慈しみに満ちたイエスそのもの、神そのものを意味します。ラファエラ・マリァにとって「イエスの聖心」は正に、人間を愛するあまり十字架上の死さえもいとわなかったイエスそのものでした。
「償い」は、今の日本であまり使われる言葉ではありません。何か悪いことをした時に、その償いとしてあることをするという意味で使われます。「償い」はスペイ ン語で言うと「レパラシオン」(reparación)で、スペインやスペイン語の話される中南米では町の中で時々この言葉を見かけます。普通は「修理」という意味で使われていて、靴の修理、時計の修理、などの表現が見られます。いずれにしても現在はあまり一般的な言葉ではありません。
しかし、ラファエラ・マリアの生活した19世紀後半、この言葉はスペインの教会、そしてスペインだけではなくヨーロッパの教会にとって非常に重要な言葉でした。人間を限りなく愛しておられる神が、その人間から忘れられ、愛されていない。 神から愛された尊い存在である人間が、その尊厳に相応しく生活していない、互いに大切にしあっていない。このような状態を本来あるべき姿にする、という意味で使われていました。
そして、現在私たちは、「イエスの聖心への償い」を、「神と人間が大切にされ ていない、そのような社会を「建て直す、再建する」、そのような社会を神との和 解、人間同士との和解に導く」、「世界の亀裂、破壊を元に戻す、元に戻すたけでは なく以前よりも美しいものにする」、「人間を限りなく愛してくださった神に、愛を もって応える」という意味で理解しています。いづれにしても素晴らしい使命、非常に現代的な使命であると思います。今の世界においても神が忘れられ、人間が 切にされず、戦争や紛争が絶えません。社会構造のひずみによって多くの人が苦しんでいます。この意味で、今も「償い」「レパラシオン」が必要なのです。

2.1.2 教育の分野でどのように償いの精神を生きるか

ラファエラ.マリアと同様に、創立初期の聖心侍女は、教育が「償い」、「償い の精神」を生きる一手段であることを確信していました。そして、現在も私たちの間でこの確信は揺らぐことなく、益々強いものになっています。
では、教育の分野でどのように「償い」「レパラシオン」を生きるのでしようか。 このことについて今ここでは少しだけお話しますが、それぞれの学校、大学でこのテーマを深め、具体化してゆくことは大きな課題であると思います。
教育者として、
➢私たちの持っている否定的で歪んだ神のイメージ(恐ろしい神、人間を罰する神等)を捨て、愛の神を知る
➢神を愛し、敬い、その望みを生きるよう努力する
➢一人ひとりの生徒・学生の中に神を見出し、愛し、尊び、大切にする
➢私を愛していらっしゃる神に、生徒・学生を真に愛することによって応える
➢今もこの世の創造、人間の創造を続けていらっしゃる神に教育を通して協力する(本会の教育に大きな影響を与えたマドレ・オリバ・レイナは、「教育は芸術、第二の創造に協力すること」と言っていました。彼女は本会の日本創立のために最初に日本に来た四人のシスターズの一人でした。)
➢キリストの生きられた愛、正義、自由、連帯、平和等の価値を学校、社会の中で生きる
➢自分自身・他者・神・自然(エコロジー)と和解する
➢生徒•学生の中にある人間として相応しくない生き方を指摘し、神の期待される生き方に導く
➢破壊された人類に対して特別な関心を持ち、様々な意味で恵まれず、犠牲になっている生徒・学生を特別に配慮し、助ける
➢人間関係の破壊・分裂、人間の球外・差別に敏感になり、常に一致を目指して生きる
わたしたちが自らこのようにして生きながら、生徒・学生をこのような生き方に導いてゆくことが、「償い」「レパラシオン」を生きることになります。現在は学校・大学の中に、人間としての様々な意味の欠如や限界に苦しんでいる生徒・学生がたくさんいます。愛の欠如、価値観の欠如、人生の意味や生きる意味の欠如等。このような人達には人間としての成長•成熟が妨げられています。「償い」を生きることによって、私たちはこの人たちの真の人間としての成長を助け、可能にすることが出来るでしょう。

2.1.3 聖体礼拝

今日は先生方に、本会の教育についてお話していますので、長い説明は致しませんが、ラファエラ・マリアにとって、聖心侍女修道会にとって、「イエスの聖心への償い」を生きる具体的な手段・特徴は「福音を伝える教育」だけではなく、聖体礼拝もそうだということを付け加えたいと思います。皆さま、シスター達が聖堂で聖体を礼拝しているのを見たことがあると思いますし、見ただけではなく礼拝に参加された方々もいらっしゃいます。
「最後の晩餐」については皆様ご存じと思いますが、イエスは、死に渡される前夜、弟子たちと最後の晩餐を共にし、パンを取って祝福し、「これは私の体である」 又、ブドウ酒の入った杯を取り、「これはあなた方のために流される私の血である」と言って弟子たちに与え、最後に「わたしの記念としてこれを行いなさい」とおっしゃって、最後の晩餐、イエスの死に至るまでの愛が世の終わりまで繰り返して記念されることを望まれました。ユーカリスティア、ミサはこの記念であり、イエスとの特別な出会いの場で、私たちは聖体礼拝をこのユーカリスティア、ミサの継続として行っています。
ラファエラ・マリアにとってユーカリスティアとその延長である聖体礼拝は非常に大切なものでした。そして、彼女自身、修道会の統治の職を退き、隠れた生活を送った30年以上もの日々、聖体礼拝と折りによって学校を支えたのです。ラファエラ・マリアにとって、「福音を伝える教育」は、折りとの深い繫がりのうちに実現されるべきものでした。ですから、シスター達に、折ることによって教育に携わる力をいただき、又、聖体礼拝において生徒のため、世界の様々な必要のために折るよう励ましました。

2.2 堅固な教育

1885年の文書の中で、堅固な信仰を伝える、ただ単に信心を教えるのではなく、真の信仰を生きるために必要なことを教える。教育の内容も堅固なものでなければならず、 本当に役に立っことを教え、又、生徒も堅固な、真面目な学習態度で勉強するよう指導する、ことが大切なこととされています。

2.3 謙虚に行われる教育

第三の点は、表面的な華やかさ、目立つことを求めるのではなく、控え目な態度で謙虚に素朴に行われる教育ということですが、これは次の第四の点との関連で書かれています。

2.4 報いを求めず、無償で行われる教育

教育の無償性、報いを求めず出来る限りのことをすること、は非常に強調されており、マドレ・マルティレスは美しい文章でこれを説明しています。「教育は自己放棄を求められるものである。学校で働くシスター達は、自分の娘のために何でもする母親のようにでなければならない。特に校長は自分自身を、自分に委ねられた生徒全員の母親と考えなければならない。教育に携わる者は、壊れやすい素晴らしい陶器を扱うかのように、心をこめて、注意深く生徒を扱うべきである。」聖ラファエラ・マリアが1887年にあるシスターに送った手紙にも同じような内容が見られます。「子供たちを、本当に無作法な(生意気な)人達と見ず、本当にそうなのですが、非常に価値あるものを見る時と同様に大きな関心を払って見て下さい。一人ひとりの子供のために神の御血がながされたのですから。神様は、あなたが子供たちに対してすることを、あたかもご自分に対してなされたかのように受け取られます。イエスの聖心に子供達を委ね、キリストの体の一部と考え、大きな関心をもって接してください。」という内容で、本当に美しい手紙です。

3. 清泉の教育法

今ここで清泉の教育についてもう一つ大切なことをお話したいと思います。私たち聖心侍女は、本会には固有の教育法というものがあるのだろうか、という質問をしたことがあります。会の教育の歴史を振り返る時、確かに本会の最初の学校が創立されて以来、一貫した 固有の教育法があったということが出来ます。今日は三つの点についてお話しますが、その中でも最も重要なのは、「心の教育」あるいは「心の教育法」と呼ばれるもので、スペイン語で は“pedagogia del corazón”と表現されています。ラファエラ.マリアを捕えたのが「イエスの心」であって、清泉の教育法が「心の教育法」なのですから、「心」はラファエラ•マリアにとって、そして私たちにとって大きな意味を持つ言葉です。

3.1心の教育法(Pedagogfadel corazón)

聖ラファエラ•マリアとマドレ•ピラール、そして初期の会員達は教育の専門家でも教育学者でもありませんでした。しかし、二人は、教育が人の心にかかっていること、心を育てることが教育の基本であることを直感的に知っていました。そして、初期の会員達は「心の教育法jを創立者姉妹から学び、後の世代に伝えてゆきました。
この「心の教育法」の元にあるのは、先ほどお話しした「償い」「レパラシオン」です。 「心の教育法」と「償い」には密接な関係があり、切り離して考えることは出来ませんe
心の教育法とは、
➢生徒の心を知る努力をする教育。
➢心をこめて行う教育。
➢生徒の心に到達するために、温かい愛、無償の愛、忍耐をもって行う教育。
➢一人ひとりの違いを尊重し、そのリズムを大切にし、一人ひとりに真の関心を示す教育。
➢単に知識を伝えるのではなく、生徒のために出来る限りのことをする教育。人そのものを愛し、神の子であることの偉大さを体験させる教育。
➢愛されていることを体験させると同時に、神がその人にこのような人になってもらいたいと望んでいるその姿が実現するよう助ける教育。
➢神がその生徒に与えた資質のすべてを尊重し、発展させ、持っている自然の豊かさが一部でも失われることのないよう努める教育。
このような教育法を私たちは「心の教育法」と呼んでおり、情熱をかけて教育にあたった多くのシスター達によって本会の教育の伝統として今日まで伝わって来ました。
「心の教育法」は神の教育法であるということも出来ます。神が人間を教育すると同じように行われる教育法であり、ラファエラ・マリアも、神がどのように人に接し、 人間を教育して来たかを神から学びつつ、会員に教えて行ったからです。
「心の教育法」は愛の教育法でもあります。第一回姉妹校交流会では当時の総長シスターリタ・バーリーが本会の教育について「愛から生まれ、愛のうちに行われ、愛することが出来るよう導く教育」という題で話されたことはすでに申し上げましたが。
「償う」とは「愛する」ことであり、心をこめて、心を大切にして愛することなく「真の愛」 を生きることは不可能だからです。

3.2 弱さを持った者への特別な配慮

弱さを持った生徒・学生への特別な配慮は、「償い」の精神から当然溢れ出る生き方です。そして、今お話しした、「心の教育法」とも密接な関係を持っています。ラファエラ・マリアは貧しい人達を常に優先しました。時代によって、又、私たちの働く場所によって、貧しさの種類は異なるでしょう。経済的貧しさ、知的能力の限界、家庭環境の難しさ、心理状態の不安定、生きる意味や価値観の欠如、愛の欠如等。しかし、そこに人間としての大きな痛みがあることは確かで、だからこそ痛みを癒すことが必要です。
「償い」の精神を表すために、地球に包帯を巻いている絵を見たことがありますが、「償 い」の生き方を良くあらわしていると思いました。私たちも、どこにいても、常に最も貧しく弱い立場にある人、恵まれない人、疎外・差別されている人を選択し、特別に助け、配慮し、その傷に包帯を巻くよう招かれています。

3.3 優しさと確固とした態度の調和

清泉の教育法として伝統となっているもう一つの点は、優しさと確固とした態度を 調和させて教育にあたるということです。生徒に尊敬をもって接し、何か注意しなけれ ばならない時には注意をする必要があるが、柔和に愛を持って、生徒の持っている最上 のものが現れるようにすることが望まれます。学校は共同生活の場ですから、創立者姉 妹の時代から鎂は大切にされました。生徒の立ち居振る舞いについて、「気取る必要はありませんが、でも、上品であってください。」というマドレ・ピラールの言葉があります。 規則の遵守については、規則は大切にされましたが、規則が絶対的価値にならないよう、 時代の変遷によって意味の無くなった規則を廃止し、何故その規則があるのかを良く考える必要が強調されました。

4. 清泉の教育の歴史

今ここで、清泉の歴史に関して私が大切だと思ういくつかの点についてお話したいと思 います。清泉の過去について知ること、考えることは、清泉のアイデンティティー、その現在と未来を考えるための大きな助けだと思いますので。

4.1 清泉の教育の対象−生徒の社会階級−

本会初の学校は貧しい家庭の子供たちのために開かれました。その建物は、現在日本にあるような立派なものではありませんでした。修道院の一角の家畜小屋のような所を利用して、20名あまりの生徒を迎え、最初の学校が始まりました。子供たちは皆非常に貧しい家庭の子供たちで、裸同然の姿で学校に来たと書かれています。これは、スぺイン語でエスクェラ(escuela)と呼ばれる授業料を払う必要のない学校でした。
スペインには当時このエスクェラと、月謝を払うコレヒオ(colegio)の二種類の学校がありました。コレヒオは普通全寮制で裕福な家庭の子女のために存在していました。 聖心侍女修道会は貧しい子女を対象とした無償のエスクェラを始めたわけです。ラファェラ・マリアと姉のピラールは修道者になる前からペドロ・アバッドの村の貧しい人たちに特別な関心を持ち、常に彼らを訪問し助けていました。修道者になり、学校を始めるにあたっても貧しい子女の教育を考えたのは理解できます。1878年開校のマドリッド の学校、1881年創立のコルドパの学校、1883年創立のへレスデラフロンテラの学校、1886年に創られたビルバオ及びサラゴサの学校、これら全ての学校はエスクェラでした。
では、聖心侍女修道会はその歴史において常に貧しい家庭の子供だけを教育したの かというとそうではありません。すでに創立者の時代に、この面で変化が現れました。 最初のエスクェラが開かれてから10年後の1888年にスペインのラ・コルニヤに本会初のコレヒオが創立されます。(前年、1887年にラファェラ・マリアは総長に選出されて います。)ラファェラ・マリアは本会がコレヒオを始めることを初めは非常に心配していましたが、裕福な家庭の子女が相応しい教育を受けていないことに気付き、その人達が 学校卒業後社会に大きな影響を与えることが出来ることを考えて、コレヒオの必要性を認め、その開校を決定します。ラ・コルニヤのコレヒオの創立にあたって姉のマドレピ・ラールの果たした役割は大きく、教育に対する燃えるような情熱をもって様々な困難を 克服し、開校を実現させました。

この時以来、それぞれの地域の必要に応じてエスクェラあるいはコレヒオが創られ てゆきます。同じ敷地内に無償のエスクェラと月謝を払うコレヒオが共存する例も度々 見られました。そして又何年か後には、社会において一番層の厚い中流階級の子女の教育の必要性にも目を留め、その社会階級の子女のためにも学校が創立されてゆきます。
1969年は聖心侍女修道会にとって非常に重要な年でした。カトリック教会が現代社会に向けて広くその扉を開いた第ニヴァチカン公会議の後、本会においても、公会議の精神に従って修道生活の刷新と適応を取り扱う特別総会が開催されました。この総会、第十一回総会の決定事項の中に、「本会の教育機関は、差別なく全ての社会階級に開かれたものでなければならない」という一項があり、これは現在も有効ですが、この決定は第十一回総会で突然生まれたものではなく、創立者の時代からの本会における学校の歴史を考察しての結論と言えるでしょう。

4.2 学校で働くシスター達の養成

さてここで、再び本会の教育の歴史に戻りたいと思います。先ほども申し上げましたように、創立者姉妹も初期の会員も教育の専門家ではありませんでした。しかし、学 校を始めてからは、イェズス会の学校及びイェズス会と同じ聖イグナチオの霊性も持つ修道会、例えば、聖心会やマリア会(Companía de Maria)の学校がどのように組織され、どのような教育が行われているのかをラファェラ・マリア自身研究して取り入れ、又、学校で働くシスター達の養成に力を入れました。
学校で働くシスター達の養成に関しての努力は次の世代にも受け継がれてゆきました。例えば、修道生活の基本を学ぶ修練期を終えたシスター達をすぐに学校などの使徒 活動に派遣せずに、その使徒活動のために必要な勉強をする期間を設け(フニオラド、 修学期)、これを尊重したこと、これは女子の修道会としては正にパイオニアでした。
又、本会は修道会としては非常に早い時期から若い会員を教員養成専門学校や大学に送り、優秀な教員を養成する努力を惜しみませんでした。本会の中に、教員養成専門学校(スペインのヴアリヤドリッド等)があった時期もあります、スペインのバルセロナでは、スペインだけでなくラテン・アメリカの国々のシスター達も派遣されてパルセロナ大学に通っておりました。(日本管区にもバルセロナで勉強したシスターが何人かおります。)
一時期、会の中に、全会レベルで教育.学校について考え、指導するシスターがおりました。又、総長書簡にも教育について取り扱ったものが多くあり、総長自身学校に関してのオリエンテーションを送っていました。
このような努力・熱心さは実を結び、本会の学校の数が一番多いスペインにおいては、清泉の教育が高く評価されて、他の学校が本会の学校から様々なことを学ぶ時期もありました。20世紀後半がその時代です。確かに、すでに創立者姉妹の時代から、清泉の教育は高い評価を受けていましたが、20世紀後半には、教育の質の重要さが特に強調され、人間の成長のために最上と思われる教育が「マジス」の精神で探究、実現されて いました。これも清泉の伝統と言うことが出来ます。

5. 清泉の現在

今の時代に話しを移しましょう。現在と言っても、1960年代、70年以降ということですが。主として先ほど話した二点について現在どのような試みが行われているのか、分かち合 いたいと思います。

5.1 あらゆる社会階級の子供に開かれた学校

清泉があらゆる社会層の子供達に開かれている、ということに関しても少しお話し たいことがあります。私達の学校には初めエスクェラとコレヒオがあり、エスクェラは月謝を払う必要のない学校、コレヒオは比較的裕福な家庭の子女を対象にした学校だと いうことを申し上げましたが、時代の変遷とともにエスクェラとコレヒオの区別がなく なってゆき、ある所ではコレヒオとエスクェラが合併し(1960年代)、全ての学校をコレヒオと呼ぶようになります。本会のこの方針に対して、抵抗を示した父兄もありましたが、(今までのコレヒオに子女を送っていた父兄が、コレヒオに貧しい家庭の子供も入ることに反対する)本会としてはこの方針を貫きました。又、貧しい家庭の子供達も清泉に来られるように、どのようにしたら政府や他の公的機関の援助、助成を受けられるかを調べ、研究するようにという総長からの勧告も出、この調査、研究の結果として、 スペインにおける本校の全ての学校は、政府からの助成を受ける学校(colegios subvencionados)となりました。建物の維持等は別として、この助成金でかなりの経費をまかなうことが出来るのですから、経済的には大きな助けです。スペインの場合、スぺインにある学校の38%は修道会や他の宗教機関によって運営されていますので、このようなことが可能なのだと思います。いずれにしても、政府からの援助を受けることによって、私たちの学校が全ての社会階級の子供たちにその扉を開くことが出来たのは確かです。
今までスペインでは、政府の助成を受けることによる私学への干渉はあまりありま せんでした。しかし、現在スペインは社会党が政権を握っていますが、最近になって、 政府の助成を受けている学校は、宗教的なしるし、例えば、十字架、マリア像等を学校に置くべきではないと言い出し、カトリックの学校は難しい立場に置かれています。これは、カトリック校、具体的には清泉のアイデンティティー、建学の精神に係わる問題です。でも、私は、スペインのシスターそして先生方が一丸になってこの困難を乗り越えていくことを信じています。
経済的に恵まれない家庭の子供たちへの教育が現在どのように行われているかに関 しては、南米のことを少しお話しましょう。現在南米の様々な国で、本会のシスター達が「フェ イ アレグリーア」(Fe y Alegría)(信仰と喜びを意味します。)と呼ばれる学校を担当し、そこで働いています。この「フェ イ アレグリーア」の学校はイェズス会の一人の神父様によって始められ、主として南米に普及して行きました。「アスフアル卜の道が終わると、そこにフェ イ アレグリーアの学校がある」と言われているように、この学校は貧しい地域にあり、そこで子供たちは安い月謝で教育を受けることが出来ます。貧しい人たちのための学校を維持してゆくのは簡単ではありません。生徒が授業料を払えないわけですから。その意味で、「フェ イ アレグリーア」の果たしている役割は高く評価されています。
アジアにおいては、フィリピンのナガに貧しい家庭の子供たちが通う学校がありま す。ここには長い間幼稚園があり、日本の私達の学校、修道院、又、かつて幼稚園と保育園のあった広島県の三原の教会の方達も様々なかたちでこの幼稚園を助けて下さいました。この幼稚園の父兄達は、幼稚園だけではなく是非小学校をとシスター達に強く望んでいましたが、今それが実現しつつあります。スペインの清泉の卒業生連盟がこの学校を援助することを決定し、様々なかたちで助け支えているからです。今はまだ、学校は二、三年生までで六年生までは達していませんが、徐々にそのようになる予定です。
アフリカのコンゴの首都キンシャサにある学校も、10年以上は幼稚園のみしたが、幼稚園を出た後多くの子供が小学校に行けない状態で、小学校開校が待ち望まれていました。2000年にこの年を記念して、本会の全ての管区の経済援助によって小学校を始
めることが決定し、小学校が開校されました。わたしは今年の2月にこの小学校を訪問することが出来ましたが、簡素ながら美しい学校で、教育のレベルを高く、本当に嬉しく思いました。村の人達は、この学校を「宝石Jと呼んで誇りにしています。この6月に初めて卒業式が行われましたが、皆無事に政府の試験にも通り、私達にとっては大きな喜びでした。父兄が月謝を払えない場合、修道会の援助だけで一小学校を支えてゆくことは今の時代には不可能ですので、この学校の場合、一部の建物の建設を世界銀行にお願いしました。そして、本会によって設立された財団PROACIS−プロアシス−(ACI 連帯プロジェクト)も様々な面でこの学校を助けています。ですから、貧しい人たちへの教育は現在、多くの方々の協力によって可能になっていると言えるでしょう。

5.2 学校で働くシスター数の減少と現在の試み

本会の学校が始まった時、先生は全員シスターでした。先生だけでなく、事務所の係、構内の掃除、全てがシスターによって行なわれていました。その後、しだいにシスターでない方達が先生として働かれるようになり、現在はどこの国においても一般の先生方の数がシスターの数を上回っていますし、この数年間はほとんどすべての学校においてシスター達の数が急激に減少しつつあります。
このような状況の中にあって、すでに1950年頃から各国で信徒の先生方の協力のもとに清泉の教育が行われるようになりました。日本の場合、シスターの数が少なかったため、創立当初からシスターでない先生方に助けていただき、そのお陰で今まで清泉の教育を続けることが出来ました。全世界の清泉について言えることは、現在例え学校で働くシスターが大勢いたとしても、シスターだけが先生等と言うことは考えられませんし、非常に限界のある教育になっていることでしょう。ですから、シスターの数の減少によって、私たちは、互いに召命の違いによって持っている富を分かち合いつっ、清泉の教育を豊かにしていると思います。
しかし、シスターの数の減少に伴って、建学の精神を深めることが緊急課題となっていることは確かです。聖ラファエラ・マリア、本会、本会の教育、建学の精神を深められるようどの国でも様々な努力がなされています。例えばスペインの場合、10年以上前に、スペインにおける本会の教育について考える委員会がつくられ、教育の様々な問 題を国のレベルで考えることを初め、校長の集まり、先生方の建学の精神の研修、等もスペインの全校を対象とし、本校の先生方が一緒に集まって行われています。
又今学年度から、新しい制度が導入されましたので紹介したいと思います。それは 現在スペインにある16の本会の学校を教育委員会(Comisión Educativa)の指導のもとに置こうとする試みです。この委員会には三つの部門があり、委員長がこれを総括します。 三つの部門とは、教育部門、司牧部門、財産管理部門で、委員長および教育部門、司牧部門の責任者は本会のシスターです。(将来は先生方の中からも責任者が出ると思いま す)教育部門の他に司牧部門があることが、スペインの清泉の学校がいかに宗教教育。 宗教行事を大切にしているかを示していると思います。財産管理部門の責任者としては どなたかこの分野の専門家でかつ本会を良く知っている一般の方にお願いする予定です。 この委員会の上記三人のシスターはマドリッドに住んで共に学校について考え、各校を訪問して指導し、様々な会議・集まりを招集・企画しますが、本会の学校がその建学の 精神を堅持しつつ、卓越した教育をこれからも提供できるよう導いてゆくのがその使命です。
この委員会を設置することは、私たちの会にとって、特にスペインの管区にとって非常に重要な決定でした。この委員会がスペインの学校に対して、非常に大きなイニシャテイブを取ることになるからです。しかし、この委員会の歩みに関しては、新しい試 みですのでシスター達、先生方の中に心配はありますが、このような委員会についての 模索、研究は10年ほど前から始まっていましたので、委員会設置の時は来た、清泉の将来のために、学校で働くシスター達がまだ各校に何人かいる間に何かを初めなければならないと考える人が大部分で、この委員会には強い期待がかけられています。

そろそろ私の話しも終わりに近づいてきました。最後に、この話しを準備して感じたこと、この話しのまとめを申し上げて終わりにしたいと思います。
まず初めに感じるのは、感謝です。清泉の教育が生まれ、今日に至るまで如何に寛大な献身と努力があったか、ということです。清泉の教育は多くの人達の情熱と犠牲によって実現されて来ました。これは、感謝しても感謝しきれないものだと思います。
常にラファエラ・マリアの生き方、聖心侍女修道会の償いのカリスマに魅せられてこれを深め、社会の中でこの精神にそった教育を行ってゆくことには意味があると信じて継続さ れてきました。
又同時に、清泉の教育は、創立者姉妹の時代から、時のしるしを見分け、時代の必要性に応えつつ継続されて来ました。
私たちには清泉の先輩から受け継いだ素晴らしい遺産があります。
21世紀前半の現在の日本社会には創立者姉妹や、20世紀前半.後半とは異なった挑戦があります。私達の先輩と同様、清泉の教育の源泉にいつも立ち返りつつ、今の必要性に応えて「創造的忠実さ」を生きてゆくよう清泉に働く者は招かれています。ただ単に過去のことを繰り返す忠実さではなく、創造的な忠実さを生きるよう呼ばれています。
聖ラファエラ.マリアの言葉に、「教師であることを愛して下さい。聖なる仕事ですから。」という言葉があります。(1887年)神様ご自身が、皆様を清泉でのこの「聖なる仕事」に招かれました。これは皆様おひとりお一人おひとりにとって大きな恵みです。このようにして招かれた清泉で働く全ての方々と、ただ一緒にというのではなく、ラファエラ・マリアが望んだように「手の指のように一致して」歩んでゆかれますよう折っております。
今年、聖心侍女修道会は来日75年を祝います。75年目の11月9日ももうそこに来ています。日本の清泉の土台を築いたシスター達が、戦時中特別困難な生活を送ったこの長野で、今日清泉の教育について分かち合うことが出来たことを本当に嬉しく思います。あの頃のシスター達は日本中の清泉の先生方が、そして、これほど多くの先生方が集まって姉妹校交流会を開くなどということは考えもしなかったことでしょう。そして、今日の集まりを喜んでいてくれると思います。
今日の集まりを喜んでいてくれるもう一人の人は、聖ラファエラ・マリアです。彼女の創立した修道会が世界的になることを望んだラファエラ・マリア。日本の清泉のこのような集まりをきっと喜んでいてくれることでしょう。
すでにお聞きになったかも知れませんが、来年の1月20日に、ローマの聖ペトロ大寺院に聖ラファエラ・マリアの像が設置されます。大寺院の中ではなく、聖堂の天蓋を支えている部分で、ラファエラ・マリアに相応しく、少し隠れた場所ですが、これは私たちにとって大きな出来事、大きな喜びです。聖ラファエラ・マリアの生涯、そのカリスマが再び教会によって認められたわけですし、私としては、新たな熱意をもって彼女の歩んだ道を歩み、彼女の「すべての人が、神を知り、愛するように」という望みを実現するよう招かれているのを感じます。
聖ラファエラ•マリアの像は教皇ベネディクト十六世ご自身によって祝別されます。この像を聖ペトロ大寺院に設置する許可を下さったのも教皇様です。ラファエラ・マリアの像が立つ場所の近くにはスペイン人の他の何人かの聖人の像があります。係の方が、聖ラファエラ・マリアの像の設置を提案した時、教皇様は、「又スペイン人の聖人か」とおっしゃったそうです。その係の方が、「教皇様、聖ラファエラ・マリアは世界的な聖人です」と答えられると、教皇様は「それなら」と賛成されたと聞いています。ですから、世界的な聖人であるが故に、聖ラファエラ・マリアの像がヴァチカンに設置されるわけです。
聖ラファエラ・マリアのように世界を抱き、全ての人を神の子として心から愛する恵みを、清泉で働く全ての方々、清泉の生徒•学生、卒業生のために願いつつ、今日の話しを終りたいとお思います。そして、今日だけでなく、何時も皆さまのためにお折り致します。
皆さま長い時間ありがとうございました。

長野にて、2009年10月24日
イマクラタ深澤光代aci

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第二バチカン公会議後の修道生活の方向〜聖心侍女修道会の場合

                  2006年 塩谷 惇子aci


聖心侍女修道会の教育〜過去と現在、そして未来へ〜

                  2013年 塩谷 惇子aci


Valores que orientan laTarea Educativa en un Centro de Esclavas del S.C. y pautas para educar en ellos, 2011, Pedro Abad


心の教育〜第19回総会に照らして〜 2015 深澤 光代aci(総長)


 

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